国務省出版物
気候変動解決へのパートナーシップ – グローバルな専門知識の活用:気候変動解決へのイノベーションの促進に向けて専門家の出会いを仲介する情報交換所
国際協調型アプローチ:概説
ルイス・ミルフォード
ルイス・ミルフォードは、「クリーンエネルギーグループ」と「クリーンエネルギー州連合」という2つの非営利団体の代表者・創設者。この2団体は、州や連邦組織、国際機関と協力して、クリーンエネルギー技術の商業化・展開を促進している。
分散型イノベーションは、企業・公共財部門における製品開発のためのアプローチとして十分な裏付けがあり、気候技術に関する戦略や制度の策定に活用でき る。世界は今、これまでで最も困難な技術転換の問題に直面しているが、分散型イノベーションはその取り組みに活力と洞察力を与え、新たな解決策をもたらす 可能性がある。
エネルギーの世界的な需要は、2050年までに現在の2倍以上、今世紀末までには3倍以上になると予測されている。同時に、世界の年間炭素排出量を 2050年までに現在のレベルから80%以上削減することが、炭素濃度を安全なレベルに安定化するために必要とされている。著しいエネルギー効率の改善が あったとしても、2050年に世界は、依然として30~40テラワットのエネルギーを消費していると予測される。そのエネルギーの半分以上をカーボン ニュートラル(大気中に放出される二酸化炭素量を増やさない)にすることが、必要とされる削減量の達成のために求められている。現在、世界のエネルギー消 費のうち、カーボンニュートラルは2.5テラワットに満たない。2050年までに、約20テラワットの、炭素に頼らないエネルギーを新たに開発し展開しな ければならない。これは現在の8倍である。
ありのままに言えば、私たちは今後50年間で、現在あるすべてのエネルギーインフラ――地球上の発電所、自動車、工場、建物のすべて――よりも大規 模な、炭素に頼らないエネルギーインフラを開発しなければならない。この巨大な課題に対応するには、既存技術の展開を速めるだけでなく、飛躍的な技術的進 歩を徹底的に加速させなければならない。
前例のないイノベーションの課題
気候技術には、コスト、パフォーマンス、拡張性の点で飛躍的前進が必要である。理由は簡単で、現在のコストとパフォーマンスレベルの気候技術では、 カーボンニュートラル・エネルギーの需要を満たすことができないからである。これほど広範囲におよぶ課題に対応するには、基礎研究開発から商品化・普及に 至るまで、技術開発のすべての段階でイノベーションが必要である。
2007年のある研究によれば、既存のカーボンニュートラル・エネルギー源では、2100年までに10~13テラワットの電力しか供給することがで きない。これは、大気中の二酸化炭素濃度を550ppmという容認し難いレベルで安定させる場合でも、必要な電力量の半分に満たない。二酸化炭素濃度を 550ppm、さらには多くの科学者が必要と考える450ppmレベルで安定させるためには、既存および新規のエネルギー技術とエネルギー源に飛躍的な発 展が求められるであろう。
大多数の専門家の意見が一致しているのは、気候変動からの回復には、政府主導で排出量に上限を設けるだけでなく、気候技術の積極的なイノベーション が必要だ、ということである。イノベーションを加速させるためには、民間・政府組織、学界、NPOによる国際パートナーシップを通じて、イノベーションを 管理・調整・促進する、国際的な協調による製品研究開発システムが必要である。
そうした1つの戦略が分散型イノベーション(DI: Distributed Innovation)で、代替エネルギーや製品開発に関する、分散して多部門にわたる専門知識を、共通の取り組みに向けるための最新の協調的方法であ る。DIは、企業・公共財部門における製品開発のアプローチとして十分な裏付けがあり、気候技術に関する戦略や制度の策定に活用すべきである。DIはコス トが低く、バーチャルで、協調的である。また官民の新たなパートナーシップを促すことも期待される。そして最も重要なのは、世界がこれまでに直面した最も 困難な技術転換の問題への取り組みに活力と洞察力を与え、新たな解決策をもたらす可能性があることである。今や、より現代的で有効な形態の国際協調的イノ ベーションが利用されるのを待っているのであるから、古い解決策に時間を浪費するのはほとんど無意味である。
専門知識の的確な分配
世界中に広く分散した専門知識を、ある特定の製品開発に振り向け、世界や地域の気候変動問題に取り組むためにはどうしたらよいであろうか。世界銀行 や国際エネルギー機関などの既存国際機関は、重要な使命を担っている。しかし、技術革新の課題を推進するための環境を形成することは、こうした機関の任務 ではない。そのためには新たな制度的枠組みが国際レベルで求められる。それが既存機関の一部にせよ、新しい組織にせよ、「国際気候変動イノベーション機 関」といえるものが実現したら、世界中の異なる種類の専門家たちの行動を「振り付け」し、調整することで、イノベーションをまとめ上げることができるであ ろう。
新たな機関が実現すれば、それによって、バリューチェーン――価値連鎖、すなわち、ある製品が構想され製造されるプロセスを経て市場に出されるまで に必要とされる一連の活動――に付随する法律的・経済的なさまざまな障害を克服し、革新的な低炭素解決策を支援することになろう。また、知的財産権 (IPR)問題を解決し、新たな金融・ビジネスモデルを作り出すことも可能だ。こうした機関の創設に当たっては、世界エイズ・結核・マラリア対策基金が手 本となるかもしれない。既存の「公共財」機関である同基金は、国連やその他の機関とつながってはいるものの、独立した機関である。この新機関は、新たに 「従来型」のセンターをつくる必要もなくなるバーチャルな存在であっても良い。
この機関を使えば、これまでにも民間・公共分野の複雑な問題を解決してきた、ボトムアップ型の協調的DIアプローチをとることも可能である。その主な特徴は以下のとおりである。
- DIは最新の情報技術を利用して、異なる機関や国の多様な専門知識を持つ人びとをつなぐ。その結果、具体的な製品開発・展開プロジェクトに協力して取り組むことができる。
- DIは異なる部門のスペシャリストを結びつける。その中には、科学技術者や学術研究者だけでなく、政府、民間企業、NPO、金融機関に拠点を置くスペシャリストも含まれる。
- DIは具体的な技術の展開を促進する。
分散型イノベーションは、従来の情報共有・機関連携ネットワークで可能な範囲を超えて、知識普及の速度と深さを増加させる。「イノベーション・プ ラットフォーム」や「仲介インフラストラクチャー」などの新しいツールを使って、これまでは全く協力ができなかった何万人もの人々が、一緒に課題を検討 し、解決策を提示できるようにするのである。取り組みに貢献した人については、「解決策の提供者」には金銭的インセンティブを、技術的解決策には賞金を、 知的財産権には交渉の上で対価を、というように見返りを与えることも考えられる。
こうした考え方に基づくDIのアプローチは、すべての当事者(学術研究者、国立研究所、政府機関、民間企業、投資家、公益事業、設備設置業者、政府 施策展開基金など)の間に早い段階から連携を築き、それによって先進国・途上国の政府、各種機関、個人の間の新たな国際的パートナーシップに弾みをつけ る。各パートナーは、研究、開発、資金調達のそれぞれの過程で協力する。その結果、新たな、革新的かつ相乗的な機能横断型チームが形成され、投資家には機 会を、革新的な取り組みを進める人には資金を、消費者には問題の解決方法が提供されることになる。
このような分散的でボトムアップ型のアプローチは、以下のような方法で、グローバルな気候技術の研究開発政策の改善に寄与する。
- クリーンエネルギー技術の「飛躍的進歩」の促進と既存技術の向上を、研究室から市場に至るバリューチェーンのすべての要素を重視することで支援する。
- 製品を重視する――規定の時間枠の中で、川上の研究を速やかに川下の展開に移す。
- 技術のバリューチェーン全体に取り組み、技術の効果的な加速展開を阻んでいるギャップを埋める。
- 分散型イノベーションの成果として得られる広範な低炭素技術群について、複製可能なモデルを作り出す。
このアプローチによって、さまざまな技術的選択肢を取りそろえた一覧表が見えてくるが、そこには実を結ぶまでの時間的尺度が異なる構想が盛り込まれ ている。二酸化炭素排出量をほとんど直ちに削減するための短期的解決策から、今後5~10年を視野に入れた中期的な商業上のチャンス、そしてより長期的 な、まだ想像もつかないようなエネルギーのイノベーションまである。
資金調達・財政分野の主要プレーヤーを、研究開発の初期段階に調整しておくと、公共・民間資金の利用効率を向上できる。個別で「縦割り」の研究プロ ジェクトから、特定の、製品中心のプロジェクトへの投下資本のシフトがより容易になる。DIツールによって、技術への資金供給を民間資本が早めに行うイン センティブが生まれる。
低炭素技術のイノベーションを阻む現在の障壁
世界銀行が行ったクリーンエネルギーに関する研究、さらに英国の経済学者ニコラス・スターンによるスターン報告書「気候変動の経済学」によれば、いくつかの障壁が、クリーンエネルギーの研究や、既存技術の開発、規模拡大、コスト削減への公共・民間投資を阻んでいる。
- 炭素排出権の取引価格が変動したり、まったく価格が付かなかったりして、気候政策に大きなリスクが生まれている。それが気候技術への民間投資を制限している。
- 開発プロセスでは、多額の資金が必要になる「死の谷」と呼ばれる段階があることが認識されており、それが民間投資を妨げている。
- 投資家のリスクを軽減するための具体的支援策を政府が打ち出さない限り、十分な資本を集めるのは困難である。
- 途上国では、所得が低いことや人口が分散しているなどの状況に固有の障壁があるため、特に技術的なニーズへの対応が十分に行われていない。
キャップ・アンド・トレードだけでは解決しない
世界の専門家たちの共通認識によれば、市場本位のキャップ・アンド・トレード方式による炭素排出量取引制度だけでは、気候変動問題に十分に対処する のに必要な規模とスピードで、炭素排出削減と技術革新がもたらされることはない。スターン報告書も、炭素価格の設定は技術開発対策によって補完されなけれ ばならないという意見に同意している。スターンは次のように書いている。「気候変動とそれに対応するための技術の開発・展開の双方に伴う不確実性とリスク は、非常に大規模で切迫している。そのためリスクの経済学は、低炭素技術オプションのポートフォリオの開発と利用を支援する政策の採用を促している」
信頼できる機関でこの意見に異論をはさむところはないと言ってもよい。例えば、20カ国・地域財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)、世界銀行、気 候変動に関する政府間パネル(IPCC)、国際エネルギー機関(IEA)、気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)の技術移転に関する専門家グ ループなどである。
技術・経済・政治的障壁を乗り越える
中央で調整された多くの国際的DIプログラムが、技術革新に成功している。本号では、別稿でそのうちの2例を紹介する。
「農業バリューチェーンのイノベーション」は、市場障壁を取り除くことに重点を置いている。例えば、ケニアやガーナで、キャッサバ、 トウモロコシ、酪農製品の生産・流通過程において、加工の際の安全性の問題などの市場障壁を取り除くための取り組みである。このプロジェクトは、市場が厳 しいため加速的な製品開発を必要としている産業が、革新的な技術的解決策を打ち出す上で、中央で調整されたDIアプローチによってどのようにして具体的成 果を生み出せるかを実証している。
「アフリカに光を」は、公共・民間部門から集まったパートナーたちの国際的な協調を容易にするための仲介所の役割を果たしている。こ のプロジェクトは、DIアプローチを手本として、電力網に連結されない最新のオフグリッド照明器具の製品開発を促進し、「ピラミッドの底辺」に位置する貧 困層に光を届けようとしている。「アフリカに光を」プロジェクトは、照明から始まり、エネルギーサービスにも進出して、民間企業と顧客の間を取り持つ仲介 者の役割を果たし、より良い製品の市場を創出することを目指している。
さらに本号では、製品開発促進のためのDI利用例として、高度に専門的な、海洋に基盤を置く再生可能エネルギーを活用する解決策に関する取り組みも 紹介している。こうした製品の市場化は大きなチャンスである一方、開発コストは非常に高く、資金を集めるのも困難である。分散した知識と経験を生かした国 際協調的な市場を推進するプローチは、急速なコスト削減を後押しし、その他の障壁の排除にも役立つであろう。
構造改革の必要性
技術面でのイノベーションの必要性は極めて大きく、障壁も高い。そのため国際レベルでの構造改革が求められる。実際に、欧州連合(EU)加盟諸国を 含む多くの国々は、国際協調的な研究開発がもたらす利益について、既に十分理解している。国際協調の利点としては、「財源のプール化、リスクの分担、大規 模または比較的リスクの高い研究開発プロジェクトに対する共通基準の設定、(中略)そして途上国・新興国における技術展開およびそれらの諸国への技術移転 に対する支援」などを、欧州委員会による調査は挙げている。
世界は、気候技術のイノベーションに向けて協調するための新たな道を模索している。協調の必要性は明らかで、その十分な裏付けもある。気候変動問題 のように大きな課題に取り組むためには、既存のネットワークや情報共有や2国間研究プログラムの枠を超えた、創造的で新しい戦略と構造が必要である。製品 開発とイノベーションを加速し、クリーンエネルギー技術を高める方法が求められている。
出典:eJournal”ClimateChangePartnerships”
*上記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。