国務省出版物
21世紀の農業 – グローバル市場における農業
グローバル市場における農業
C・ピーター・ティマー
21世紀の農業は、より高い効率性とより高度な技術を有する市場体制を創出するために、農村部の農家と都市部の住民との間に一層強い結びつきを築くことになりそうだ。
C・ピーター・ティマーは、農業経済学と開発経済学の分野における有数の経済学者である。スタンフォード大学、コーネル大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校で教授を務め、現在は、ハーバード大学名誉教授(トーマス・D・カボット開発学記念教授)である。
農業のグローバル化が進み、その結果としてスーパーマーケットが支配的な役割を果たすようになったことによって、利益を得る人は多いが、不利益を被る人もいる。21世紀のグローバル市場に影響力を持つ者は、何百万もの人々にこれまでより多様で、健康に良く、手頃な値段の食べ物を提供できるという真の利益を維持しながら、それに伴う負担を公平に配分するよう努めるべきである。
農業は、その本来の性質上、主として局地的に行われる活動であり、その根本は土壌にある。世界の10億以上の農業従事者の大多数は、自分たちが育て、食べている農作物がある場所から歩いていける範囲内で暮らしている。人間社会と、栽培される作物の種類が互いに影響を及ぼし合いながら進化した結果、その地域固有の環境に対する優れた順応性が生まれ、家族の幅広い栄養ニーズを満たすことができる高度に多様化した作物体系が作り出された。こうした地域的に限られた農業は、世界の貧しい人々の大多数にとっては、今でも標準的な農業の形態になっている。
経済学者は、長い間、こうした農業形態への依存が貧困の原因であり、決して歴史的偶然ではないという見方をしてきた。その地域の在来作物を、周辺の土壌に含まれる養分を利用して、家族労働により栽培するという、限られた形の農業を行っていることが、貧困と栄養不良の原因である、と彼らは主張する。そして、結論として、地域レベルで食料の自給自足が行われていることが、個々の家庭および経済全体を疲弊させていると言う。1979年のノーベル経済学賞は、こうした洞察を示した2人の経済学者に与えられた。農村世帯の貧困を克服するための新しい技術の必要性を力説したT・W・シュルツと、総合的な経済開発を促すための不可欠の要因として、農業の近代化が果たす役割を強調したW・アーサー・ルイスである。
グローバル化した市場
農家と都市住民との間の市場を通じての相互作用は、前述の2つの問題を解決する鍵を握っている。しかし、市場は、より高度な技術の利用とより高い効率性を可能にするだけでなく、新しいリスクをもたらす。すなわち、農家が一生懸命働いても、価格変動がそれを帳消しにし、農家を借金漬けにするおそれがある。同時に、ダイナミックな都市経済は農民、特にその子どもたちに都市での新しい生活を始める機会を提供する。市場を世界規模に拡大すれば、農家や国レベルでの機会、選択肢、およびリスクはすべて増える。
市場のグローバル化は新しいことではない。米国に住む私たちは、何世紀もの間、グローバル市場に依存してきた。例えば、グローバル市場は、コーヒー、紅茶、香辛料を私たちに供給し、私たちから余剰穀物、タバコ、植物油を買う。世界の他の地域も近代経済の成長が始まって以来、同じようにグローバル経済につながっている。18世紀のイングランドにおける小麦価格は、バルト海沿岸の港での価格と直接連動していたし、カルカッタとボンベイ、さらにはパリにおける米の価格は、ラングーンやサイゴンの米の価格とつながっていた。このように、農産物の遠距離貿易は、取引の両端にいる人々に利益をもたらすものである。
とはいえ、現代におけるグローバル化は、18世紀あるいは19世紀に見られたいかなるグローバル化の動きよりも範囲が広く、奥が深い。それは、3つの革命的な変化が、商品市場の急速な統合を促進することになったからである。すなわち、
- 農業技術分野における革命的な変化により、生産性が極めて高く、同時に極めて専門化された農業技法が可能になった
- 通信および輸送分野における革命的な変化により、遠く離れた場所にいる売主と買主を、迅速かつ低コストで結びつけることが可能になった
- 世界の人々の生活水準に革命的な変化が起きて、何十億人もの新しい消費者が自らの自由裁量で物品を購入することが可能になったのである。
現代のグローバル化は、供給、販売活動、および需要の各面において進展があった結果である。
これらの要因を推進力として、農業のグローバル化は、消費者の食生活と農業生産者の慣行に影響を与え、その方向性を決める。消費者は、より多様な食料品を、容易に手ごろな価格で入手できることで恩恵を受ける。これは、自国の農業生産が提供できる範囲をはるかに超えた豊かさの象徴である。ヨーロッパの消費者は、ケニヤ産の新鮮なサヤマメを毎日手に入れることができるし、米国の消費者は2月に新鮮なペルー産アスパラガスを楽しむことができる。輸送システムのコストが下がり、貿易障壁が低くなったことで、多くの消費者は世界中の豊かで多様な食材の入った買い物かごを手にする。
同時に、グローバル化は、国全体として見た場合には農業分野の多様化を進めることになるにしても、個々の農家に対しては単一の作物への特化を奨励する可能性がある。農家は、農業をめぐる生態学的条件が全国的にほぼ同一でない限り、資源状況や土壌の質などの理由から、特定の種類の作物を栽培することで競争上の優位性を構築することになるだろう。農家にとっては、その作物の栽培に特化することが、自らが持つ農業資源を最も効率的に活用することになる。農家のこうした狭い範囲への特化は、農業の商業化と農産物の国際貿易により、国レベルでの多様性の拡大と整合性がとれているのである。
スーパーマーケットの役割
現代のスーパーマーケットは、消費者のために世界各国の食料品を豊富に取りそろえている。何十億人にも上る消費者の購買力に焦点を合わせることにより、スーパーマーケットは魅力あるさまざまな食料品を低価格で提供することができる。しかし、スーパーマーケットはまた、農業部門に対し、効率的な供給チェーン管理慣行を取り入れるよう、グローバル化重視の立場から圧力を強めている。スーパーマーケットが、農業の生産構造、だれが販売プロセスに参加するかという問題、および消費者が入手可能な商品の性質とコストに与える影響は甚大である。
スーパーマーケットと、一般的には、その保有者である多国籍企業(TNC)も、激しい競争に直面している。米国のウォルマート、英国のテスコ、フランスのカルフール、オランダのアホールドなどの多国籍企業は、激しい競争により利益を圧迫されるのを避けるため、供給チェーンのコスト削減に向けて新しい情報技術を利用したり、自国市場から離れ、食品小売事業が比較的非効率な状態にあり、利益率が高い国に参入したりしている。食料品販売に携わっている多国籍企業のほとんどは、すでにこの2つのことを実施している。
多国籍企業が保有するスーパーマーケットは、ますます世界の食料品供給チェーンを支配するようになってきている。外国直接投資に支えられ、多国籍企業は、多くの国で食料品小売産業を統合し、高い利益、さらに独占的利益さえ得ていると一部では言われている。しかし、消費者にとってこれはどのような意味を持つのか。その答えは複雑である。
食料品供給チェーン全体の取引コストを下げる技術によって、消費者に低価格化の恩恵を与えながらも、スーパーマーケットが利益を増やすことは可能である。情報技術は、以前にもまして、調達、在庫水準および消費者の支払いプロファイル情報に対する完璧な管理能力をスーパーマーケット経営者に与える。これは、コスト管理、品質維持、欠陥商品または安全性の問題が生じた場合の商品追跡といった面で非常に高い競争優位性となる。
農業のグローバル化は、その他にもいくつかの恩恵をもたらす。例えば、フロリダが枯らし霜の被害にあった時でも、米国の消費者はオレンジジュースの不足に見舞われることはない。ブラジルその他の国からの代替品を容易に入手できるからであり、その逆もまたしかりである。世界規模での生産の増加は、世界の食糧安全保障を高め、気候変動が作物生産に与える影響に対する保険の一部としての役割を果たす。
しかし、情報技術のコストが低くなるにつれ、その恩恵を受けるのが誰かという点については、以前よりもはっきりしなくなる。最新技術を導入する競争相手が増えるのに伴い、食料品小売業者間の競争は激化する。消費者は、その結果もたらされる低価格の恩恵を受ける。その代わり、多国籍企業は、供給サイドにさらなる効率性を求める。食料品売り場のコストを削減しなければならないという絶え間ない圧力は、結局のところ、個々の農家にまでさかのぼって及ぶのである。
公平性に関する懸念
スーパーマーケットの支配力が高まると、農産物流通システムにおける公正性と公平性をめぐって真の問題が生じる。多くの取引が、開かれた、透明性のある公設市場から、少数の大手バイヤーを代表するスーパーマーケットの調達担当幹部に移行するにつれ、食糧生産者は、交渉の場からますます容易に排除されてしまう。価格はどんどん低く抑え込まれる。農家はそのような状況に適応するか、さもなければ離農を余儀なくされる。
しかし、この話には別の側面もある。競争的な環境下では、スーパーマーケットは、顧客の好みに対応しなければならない。環境保護に高い関心を持つ顧客がいる一方、地元の農家への支援を強めるためにいくぶん高い価格を進んで払う顧客もいる。多国籍企業は、これらの事を考慮して一部の調達契約を結ぼうとする。開発途上国の世界で、特定の多国籍企業が独占的な支配力と販売力を確立するのではないかという恐れは、誇張されているようだ。というのも、1つのスーパーマーケットチェーンの成功が他のスーパーマーケットチェーンを引きつけることになるからだ。多国籍企業は、自分たち同士で激しい競争を繰り広げている。ほんの一握りの小売業者がコスト競争を勝ち抜いたとしても、食料品購入者のお金をめぐる市場の競争は極めて激しい。
明らかに、多国籍企業が保有するスーパーマーケットの成長は、小規模農家をリスクにさらす。取引コストが高いため、多くの小規模農家と取引することは、少数の大規模サプライヤーとビジネスするよりも高くつく。小規模農家は、簡単にスーパーマーケットの供給チェーンへのアクセスを失い、貧困に陥る可能性がある。しかし、リスクとともに、機会をもたらしてくれる場合もしばしばある。小規模農家の中には、現代の供給チェーンへの参入に成功し、利益をあげている者もある。インドネシアのジャワ中部の小規模農家は、現在、特産の「黒スイカ」を地元の消費者だけでなく、ジャカルタ、シンガポール、クアラルンプールの消費者にも販売している。貧しい国でも、小規模農家をスーパーマーケットの供給チェーンに組み込むことに成功した国は、大いに利益を得ている。
グローバル化した食料品供給チェーンは、両刃の剣である。消費者に、より低価格の食料品とより高い食糧安全保障を提供してくれる。けれども、外国の消費者と生産者が現地の価格を動かすことになるため、国家が自国の食糧生産と貿易に対する支配権を失うこともあり得る。新しい国際貿易体制は、特に最も貧しい国々—食糧安全保障が最も低い国々—が苦しまないように、これらのプラスの面とマイナスの面のバランスを公平に保たなければならない。
重要作物の生産で世界のトップに立つ国を以下に示す
国 | 作物 | 生産量 |
中国 | 米 | 1億8,700万トン |
中国 | 小麦 | 1億900万トン |
米国 | トウモロコシ | 3億3,000万トン |
フランス | 大麦 | 950万トン |
ナイジェリア | キャッサバ | 4,300万トン |
ブラジルン | サトウキビ | 5億5,000万トン |
本インタビューで表明された意見は、必ずしも米国政府の見解や政策を反映するものではない。
出典:eJournal”21st-CenturyAgriculture”
*上記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。