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21世紀の農業 – ボーローグの遺産:農業研究の 新しいパラダイム

ボーローグの遺産:農業研究の 新しいパラダイム

ロジャー・ビーチー

ノーマン・ボーローグは、世界の人々に食糧を供給するという古くからの目標の達成に向けて、最新の技術および科学の進歩を応用し、食糧生産に革命を もたらした。米国農務省(USDA)は、ボーローグの仕事を引き継ぎ、地球社会全体の健康のために同じような変革をもたらすことを目指している。

ロジャー・ビーチーは、農務省国立食糧農業研究所の主任研究員兼所長である。2009年の現職就任前には、人間が存在する条件の向上に植物科学を通じて取り組むドナルド・ダンフォース植物科学センターの初代所長を務めていた。

ある科学分野を真に変革できる機会は、せいぜい1世代で1回しかない。最近亡くなったノーマン・ボーローグは、まさにそうした数少ない機会をとらえ た人物である。ボーローグは、この科学分野の研究に40年間にわたって取り組んだが、特に1960年代には、世界のほとんどの人々の食を支える主要作物で ある、小麦、米、トウモロコシの生産に革命的な変革をもたらした。

ボーローグには、「緑の革命」に対する貢献が認められて数々の賞が授与されたが、ノーベル平和賞はその1つに過ぎなかった。2009年に亡くなった 時には、世界の食糧安全保障に数多くの貢献を果たしたとして、開発途上諸国から米国の偉大な英雄の1人としてたたえられた。一例を挙げれば、インドの大統 領と首相は、ボーローグの生涯と業績を「1人の人間の優れた知性、たゆまぬ努力、そして科学的ビジョンが人間の平和と進歩にもたらすことができる幅広い貢 献の証明」と呼んだ。今日、ボーローグの洞察は、最新の科学の進歩を人類の最も古い目標—世界中の人々のために十分かつ栄養価の高い食糧を確保すること— の達成に向けて一生懸命に取り組むことの真髄を伝えている。

ボーローグの業績

ボーローグのメキシコにおける初期の仕事は、病気に強い小麦の品種を開発し、その導入を図ることを目的としていた。不十分な資源、貧弱な設備や機 具、訓練を受けた科学者の不足が仕事を進めるうえで大きな障害となり、ボーローグはプロジェクトから離れることを真剣に考えた。ボーローグの新しい考え— 小麦の種子を、標高と気温が違うため2度目の生育期が可能になる別の地域に運ぶこと—は、伝統的な植物学の常識に反するものだった。けれども、ボーローグ は、粘り強く取り組んだ。自分のキャリアと評判を賭けて、この新しい2期作計画を追求した。解決すべき課題を絞り込んでそれを堅持し、迅速かつ目に見える 結果が出る可能性の高い新品種を開発するとともに、多くの地理的地域や環境を対象に含めるなど研究の規模拡大を図り、小麦の収穫量を増やすことで飢餓を軽 減するという最終目標を固く心に抱き続けた。

1963年までに、メキシコの小麦の収穫量の95%は、ボーローグの改良種から派生した小麦が占めるようになった。収穫高は、ボーローグがメキシコ で研究を開始した1944年当時の6倍に増えた。メキシコは、小麦の自給自足を達成したばかりでなく、小麦の純輸出国になったのである。

ボーローグはメキシコで小麦収穫量の大幅増加に成功したが、この成功は、目覚しい科学の進歩があったこの60年間に、世界各地で繰り返された。その おかげで、開発途上国の何億もの人々が飢餓や栄養失調から救われた。ボーローグの偉業は、小規模農家にも大規模農家にも影響を与えた。世界のあらゆる地域 の主要作物で、ボーローグが考案した手段や技術、現場で行った実践研究が、生産や栄養価の改善、あるいは害虫や病気、悪気候条件に対する作物の耐性の著し い向上につながらなかったものを想像するのは困難である。

wwwj-ejournals-agriculture7aノーマン・ボーローグ博士(左側の立っている人物)は、収穫量を増やし、より多くの人々を養うための栽培技術を導入した。1983年、メキシコで他の農業研究者たちと話す同博士(© Ted Streshinsky/CORBIS)

ボーローグが世界の植物栽培にもたらした大変革は、まさに称賛すべき遺産である。しかし、ボーローグは、私たちのように科学的な試みに取り組む者 に、もう1つの大切なことを永続的な遺産として残している。彼はリスクを冒すことを恐れなかった、のである。大規模な問題を、それに見合う大規模な研究に よって解決することに重点を置き、食糧安全保障の観点から成果が目に見え、すぐに現れるプロジェクトに取り組んだ。

ボーローグは、科学と技術が世界中の人々の福祉を増進することができることを証明した。彼は晩年になって、人間が生きていく条件を科学によってさら に改善しようとするのであれば、将来の課題に対処するための新しいツール、新しい戦略、新しい知性が必要だということに気付いた。農業の世界において、 ボーローグの遺産と洞察力を引き継ぎ、それを実際の行動に生かすことができる。

ボーローグの遺産を新しい時代に適合させる

私たちが新たな課題に取り組むにあたっては、もう1度、科学と新しい技術を通じて農業を変革することが求められる。私たちの食糧生産体制は、安全 で、十分かつ栄養価の高い食糧を提供する私たちの能力を脅かす多くの難題に直面している。国連食糧農業機関(FAO)の予測によれば、食糧生産は新たな脅 威に直面しているが、そうした中でも、世界の食糧需要を満たすためには2050年までに生産量が倍増しなければならないという。私たちが供給する食糧は、 肥満から栄養失調に至るまで、多岐にわたる栄養上の問題に適切に対処するものでなければならない。さらに、食物を微生物汚染から守るプロセスと技術を開発 する必要もある。

食糧需要が高まる一方で、食糧生産に必要なエネルギーをめぐる競争も激しくなっている。米国エネルギー省が公表した2009年版の「世界エネルギー 見通し」によると、市場を通じて取引されるエネルギーの世界全体の消費量は2006年から2030年の間に44%の増加が見込まれており、増加が最も顕著 なのは中国とインドである。十分な食糧供給を確保するには、新しい再生可能エネルギー源が生産チェーンに加わらなければならない。農業は、そうしたエネル ギー源の開発に重要な役割を果たすことができる。

wwwj-ejournals-agriculture7bUSDAの農業研究局は、遺伝子組み換え技術を用いて、トマトの植物性栄養素の含有量を増やし、寿命を伸ばしている。この科学者は、メリーランド州ベルツビルにある同研究局の研究所で働いている(Courtesy of Scott Bauer/USDA)

農業科学は、米国の食糧・燃料・繊維体系の持続可能性を保障するとともに、世界で最も扱いにくい問題に対処するため、これらの圧力に対応しなければ ならない。この精神において、ボーローグが生きていれば、米国科学アカデミーの新しい報告書「21世紀のための新しい生物学」を、社会が抱える課題の解決 に科学を利用する次の大きな1歩として歓迎したであろう。同報告書の提言は、彼が大切にしていた価値観に通じるものがある。

  • 生物学の基本的な問題を理解するため、大胆かつリスクをいとわないアプローチをとる
  • 「 新しい生物学」が最も本質的な変革をもたらしそうな分野に焦点を明確に絞り、複雑な科学的課題に取り組む
  • 21世紀の課題が抱える複雑性と重大性に対応するため、学問分野の境界線を越えた研究活動を拡大する
  • 人間の健康、食糧安全保障および環境管理に対する具体的な効果を基準として、科学の進歩が測定・評価されるようにする

「新しい生物学」報告書は、これらの課題の重大性と、それに対処するのに必要な研究努力の重要性を認識しており、将来のこの分野における進歩にとって、植物自体に対するより根源的な理解がいかに欠かせないものであるかを次のように説明している。

農業の長期的将来は、植物の成長をより深く理解することにかかっている。成長あるいは発達とは、ゲノムに蓄積された遺伝的指令に 始まり、完全な形の生命体が形成されるまでの過程である。現在のところ、植物におけるこの過程については、知られていることが驚くほど少ない。ゲノム配列 により、各部分のリストや品種改良の方法を探る手段は分かっているが、各遺伝子がどのように個々の植物細胞の形成および行動に貢献するのか、細胞が細胞組 織(維管束系や表皮など)を形成するのにどのように協力し、連絡しあうのか、細胞組織が植物全体を形成するためにどのように相互に機能し合うのか、などの 点を理解するのに必要な情報は提供してくれない。

wwwj-ejournals-agriculture7c国立食糧農業研究所は、児童の栄養改善などの国家目標を達成するための研究を行っている。栄養価が高く低脂肪の地元産の食物が提供される学校のカ フェテリアで食事するニューヨーク市の生徒たち(© AP Images/Mary Altaffer)

この報告書は、成長や発達を細胞や分子レベルで視覚化するためのモデリングとシミュレーションのツールなど、植物がどのようにして生育・成長するか を理解するのに役立つ新技術を活用することを勧めている。報告書によると、目標は、多様な地域状況において持続的に栽培可能な植物品種を開発するためのよ り効率的な研究方法を見出すことである。こうした新しいツールが開発されれば、健康、エネルギー、環境の各分野のほか、伝統的な農業におけるさまざまな問 題にも対応できる新しい方法と技術が可能になるだろう。

米国農務省では、まさにこのアプローチをとっている。私たちは、環境ストレスの下でも生育・成長が可能な新しい作物品種を開発することによって、世 界中の飢餓と闘うことに取り組んでいる。この目的を達成するために、あらゆる科学的手段を利用していく。世界の食糧安全保障への突破口となりそうな科学分 野があれば、それがどのようなものであっても無視する余裕はない。その研究が健康、エネルギー、環境面において付随的利益をもたらしてくれることを、私た ちは知っている。こうしてもたらされる進歩が、他の国々で飢餓や栄養失調で命を落とす人の数を減らしながら、世界の農業市場における米国農家の競争力の維 持にも役立つことになる。

現在の難しい課題に対処するには、新しい考えや新しいツール以上のものが必要である。研究資金の提供方法や研究の管理方法、またその研究が成功した かどうかを測定する方法についても、新しいアプローチが求められている。USDAがこうした新しいアプローチを採用した代表的な見本が、2009年後半に トム・ビルサック農務長官が立ち上げた国立食糧農業研究所(NIFA)である。

wwwj-ejournals-agriculture7dアルファルアの異なるサンプルを調べるUSDA農業研究局の科学者たち。このアルファルファには、葉の寿命 を伸ばしたり、病気に対する抵抗力を高めたりといった改良特性を実現するために遺伝子組み換えが行われている(Courtesy of Bruce Fritz/USDA))

 NIFA設立に際し、USDAは、連邦助成金を管理する上での「最良の実践例(ベスト・プラクティス)」を特定するため、他の米国政府科学機関の研究者たちの意見を聞いた。私たちは、そこから学んだ教訓のうち、次のことを実行する。

  • 助成金提供にあたっては、より高い透明性と説明責任を特質とする
  • 多数の問題から、その核心部分を限定的かつ個別的に抜き出してまとめ、問題の根本的原因に取り組む
  • 単一の問題や単一の重点テーマだけを追求する研究プログラムをできるだけ多く増やそうとするのではなく、最も優秀な人材を、そうした人材がどこにいようとも、見つけ出して採用し、彼らに継続的に能力を発揮してもらうとともに、その業績に報いるようにする

今こそ、広範な影響を及ぼすが個別的な取り組みを必要とする課題を注意深く見極め、それについて合意すべき時である。こうした課題をうまく特定し、 資源を効果的に活用することにより、私たちは、以前なら解決が困難だった大きな社会的問題、すなわち、気候変動、食品安全、子どもの栄養および肥満、米国 および海外での食糧安全保障、豊富で再生可能なエネルギーの確保などをめぐる問題の解決に一役買うことができる。また、私たちの環境を保全・改善し、米国 の農村地域および世界で富を生み出しながら、これらの問題を解決する可能性を追求することができる。

ノーマン・ボーローグは、農業科学と農業技術を自らが生きた時代の困難な課題を解決するのに応用した。NIFAは、ボーローグと同じような大変革を 確実に成し遂げることで、彼の遺産を守ることを目指している。私たちは、米国内外のパートナーとの協力を通じて、最近の科学的発見—例えば、植物や動物の ゲノムの配列決定における目覚しい進歩—を土台にして、さらに前進することができる。また、私たちには、あらゆる種類の農業に応用できるバイオテクノロ ジー、ナノテクノロジー、大規模なコンピューターシミュレーションなど新しい、強力なツールがある。農業は科学であり、多くの専門分野と多くの技術を幅広 く参考にしなければならないが、私たちの科学者としての責任は、焦点をしっかりと絞って、他の資源を活用し、取り組みに優先順位をつけることでなければな らない。こうしたアプローチをとることで、ノーマン・ボーローグが成し遂げた地球社会の健康と福祉の増進という偉業と肩を並べる成果を挙げることが可能に なる。


本インタビューで表明された意見は、必ずしも米国政府の見解や政策を反映するものではない。


出典:eJournal “21st-Century Agriculture”
*上記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

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The Borlaug Legacy: A New Paradigm for Agricultural Research