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戦没将兵追悼記念日(メモリアル・デー) 5月最終月曜日

1907年頃、ルーズベルト大統領がパレードを見る様子。

1907年頃、ルーズベルト大統領がパレードを見る様子。

1866年、米国は、北部(連邦軍)と南部(南部連合軍)の間で長く続き、多くの血が流された南北戦争から立ち直ろうとしていた。戦争を生き延びて帰還した兵士たちの中には、腕や脚を失った者もいた。そして兵士たちは皆が語るべき体験を持っていた。ニューヨーク州ウォータールーのドラッグストアのオーナーだったヘンリー・ウェルズは、そうした話を聞いてある考えを思いついた。彼は、ウォータールーの町の商店を1日休みにして、ウォータールー墓地に埋葬されている兵士たちをしのぶことを提案したのである。5月5日の朝、ウォータールーの市民たちは、墓地に眠る北軍兵士たちの墓に生花や花輪や十字架を供えた。

米国南部でも、女性の組織が戦没者を称えて、南北戦争で命を落とした南軍兵士たちの墓に花などを捧げた。このように数々の町で、戦没者を称える特別な日を設ける動きが広がっていた。そこで1868年に、北軍退役軍人の組織であるグランド・アーミー・オブ・ザ・リパブリックを率いるジョナサン・ローガン大将が、5月30日を、祖国のために命を捧げた軍人を称える公式の記念日とした。この日は「デコレーション・デー」と呼ばれた。

ローガン大将はデコレーション・デーの宣言で以下のように述べた。

1868年5月30日は、祖国を守るため、また革命のために命を捧げ、今、全土のほぼすべての町や村の教会の墓地に眠る同志たちの墓に花などを飾るための日とする。この行事は、特に儀式の形式を定めず、軍隊の各基地そして同志たちが、状況の許す範囲で適切な式典を行い、敬意を表するものとする。

 

その日は追悼の日であるとともに和解の日でもあり、アーリントン墓地の南軍と北軍の両方の墓に花が捧げられた。

wwwj-theme-celebrate17b米国北部では、通常、デコレーション・デーには退役軍人が町の中を行進して墓地へ行き、亡くなった戦友たちの墓に国旗を捧げた。国旗の横で写真を撮る兵士たちもいた。合衆国の団結を守るために命を捧げた北軍兵士のためにライフルによる礼砲が放たれた。子どもたちが詩を朗読し、南北戦争の歌や賛美歌を歌った。退役軍人が軍服を着用し勲章を付けて学校を訪れ、生徒たちに南北戦争の話をした。

1882年に、デコレーション・デーはメモリアル・デーと改称され、南北戦争だけでなく、それまでのすべての戦争で亡くなった兵士たちを称える日となった。北部では、法定休日とされたが、南部諸州では、第1次世界大戦が終わるまで、他の記念日に戦死者を称えた。

wwwj-theme-celebrate17d第1次大戦後、メモリアル・デーは、「ポピー・デー」とも呼ばれるようになった。これは、モイナ・マイケルが、戦死者を称えるため、その日に赤いポピー(ケシの花)を身に着けることを提案したからである。その由来は、ジョン・マクレーの詩「In Flanders Fields」(「フランドルの野で」)にうたわれている、ベルギーの旧戦場の墓地に咲く真っ赤なポピーである。彼女はメモリアル・デーにポピーを売り、その売上げを困窮している軍人に寄付した。この習慣は後に外国にも広まり、ポピーの生花や造花を売って戦災孤児に寄付するところもあった。米国では1922年以来、海外戦争退役軍人会(VFW)がメモリアル・デーに、傷痍退役軍人の作った紙製のポピーの花を売っている。

1966年に、リンドン・ジョンソン大統領が、ニューヨーク州ウォータールーをメモリアル・デー発祥の地と宣言した。1971年には、リチャード・ニクソン大統領が、5月の最終月曜日をメモリアル・デーとし、これを国民の休日とした。この日には全米各地の都市がそれぞれ独自の儀式を行って、祖国のために命を捧げた兵士たちに敬意を表する。

今日メモリアル・デーは、国民の個人的な追悼の日でもあり、家族で、また個人で、亡くなった身内や愛する人たちをしのぶ。教会の礼拝、お墓参り、献花、そして黙とうなどを行い、尊厳に満ちた厳しゅくな思いで、深くかえりみる1日を過ごす。また、メモリアル・デーは、学年度の最後の日と重なることが多いため、この週末の3連休は、夏の始まりを表すものでもあり、海や山へ出かけたり、家でゆっくり過ごす人たちが多い。

アーリントン国立墓地

wwwj-theme-celebrate17cバージニア州にあるアーリントン国立墓地は、全米最大の国立墓地である。そこには、軍人、宇宙飛行士、探検家など、功労を立てた米国民が特別な栄誉と共に埋葬されている。ジョン・F・ケネディ大統領の墓がワシントンDCを見渡す場所にあり、墓の前には永遠の炎が燃えている。

メモリアル・デーの前の金曜日早朝に、米国陸軍第3歩兵連隊の兵士たちが、墓石の列に沿って歩き、それぞれひとつの墓石の前で立ち止まり、敬礼をして、持っている国旗の束の中から1本を抜いて墓の前の地面に立てる。この兵士たちは、「オールド・ガード」と呼ばれる特別な連隊の一員として、これまでに従軍し戦死した20万人以上の兵士たちの墓に国旗を捧げることを名誉としている。連隊のある兵士は、「ここに眠る人たちはそれぞれの任務を果たしました。今度は私が自分の任務を果たす番です」と言う。

無名戦士の墓を護衛することも同様の栄誉である。この墓には、4人の無名戦士が埋葬されている。第1次および第2次世界大戦で戦った兵士がひとりずつ、そして朝鮮戦争とベトナム戦争の兵士がひとりずつである。この4人の兵士は、それぞれが、これらの近代戦争に命を捧げたすべての兵士を代表している。アーリントン墓地の別の丘には、南北戦争の無名戦士の共同墓地がある。

モリアル・デーには、米国大統領または副大統領が演説を行い、無名戦士の墓に花輪を捧げる。そして、米軍兵士たちがライフルで弔砲を放つ。アーリントンの他の墓には、退役軍人や家族が訪れ、それぞれ花輪や祈りを捧げる。


出典:Memorial Day: Last Monday in May - Celebrate! Holidays in the U.S.A.
*上記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

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